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47 納豆好みの東西 渡部亮次郎

あなたは納豆を食べられますか。私は最近まで食べられなかった。納豆(なっとう)は、大豆を納豆菌によって醗酵させた、日本の食品。現在は、糸引き納豆の事を指す。ヒマラヤ、中国雲南省から日本までの照葉樹林地帯にみられる食品であるが、日本における伝来...
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46 先輩・アカの東海林太郎 渡部亮次郎

東海林太郎しょうじ たろう(1898-1972)秋田市出身。秋田中(現県立秋田高校)から東京音楽学校ヴァイオリン科に合格。しかし南満洲鉄道(満鉄)に居た父に猛反対されて,断念。早稲田大学商学部へ進み、卒業してすぐに満鉄の社員として8年間勤務...
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45 古事記書きおろしと杉浦幸雄 古沢襄

漫画家・杉浦幸雄が亡くなって戦前の新漫画派集団がすべてこの世を去った。杉浦幸雄は女性漫画を描いたら当代随一。みずからを「女性礼賛論者」といって憚らなかった。描かれた女性は戦中・戦後の困難な時期に、明るく挫けない女性像を漫画の中で躍動させてい...
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44 鬼才・林倭衛の生涯 古沢襄

「風紋」のママさんというとご存知の方があると思う。林聖子さん・・・大正から昭和にかけて画壇の鬼才といわれた林倭衛の長女。六〇年安保の頃、偶然のことだが、新宿にあった聖子ママのバー「風紋」に行って常連となった。あれから四十六年の歳月が経ったが...
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43 二通の平沢和重夫人からの手紙 古沢襄

手紙を整理をしていたら、平沢和重さん(故人)の夫人・朝子さんからきた二通の手紙が出てきた。西和賀町の玉泉寺に建立されている「胸は祖国におき、眼は世界に注ぐ」という平沢和重碑文の由来について、現代史懇話会の雑誌に書いたことがあるが、元参議院議...
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42 シベリアのパリ、風の街、坂の街 古沢襄

ロシアの詩人・プーシキンはイルクーツクを「シバリアのパリ」と褒めている。パリを訪れていない私は「金沢は北陸の京都」という類いだと思うしかない。アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(1799-1837)は19世紀はじめのロシア文学を代表...
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41 醤油の無くなった時代 渡部亮次郎

今はどうか知らないが、30年ぐらい前のニューヨークではカレーの匂いはご法度だった。それを知らずにアパートでカレーライスを作り、管理組合の理事会決定で追放された日本人家庭がある、という話を聞いた。同時に、日本人なら「香ばしい」と感じる人の多い...
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40 福田康夫全人像 渡部亮次郎

世間、注目の人物福田康夫代議士はとうとう70歳(古稀)を迎える(2006年7月16日)。誕生日は昭和11(1936)年7月16日。当時は大蔵省のキャリア官僚だった、群馬県群馬郡金古町足門(現在の高崎市足門町)出身福田赳夫の長男として生まれた...
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39 横山隆一さんの想い出 古沢襄

モスクワからの便り 山田みどり日本はお暑い様ですがお変わりなくお過ごしのことと思います。モスクワも暑いといえば暑い、しかし冷房をつけるほどではありません。旋風機も一夏に数回使うのも珍しいくらいです。夏は何処にも出かけないで、ひたすら時間のあ...
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38 パリ祭は革命記念日 渡部亮次郎

7月14日を日本ではパリ祭というが、なに、フランス革命記念日なんだ。冗談のようだが、昭和12年には元総理大臣森喜朗が石川県で生まれている。目出度く69歳。2日後には注目の人福田康夫が古稀だ。1789年、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃・占領...