2008-03

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1692 墓場にまで持っていく情報 古沢襄

昭和30年代の文部省記者クラブに半年いたことがある。別に文教行政を勉強したかったからではない。池田内閣が誕生して首相官邸記者クラブにいたのだが、新任の官邸長(キャップ)と大喧嘩して飛ばされた。27歳で血気盛んな頃だったから、よく喧嘩した。当...
宮崎正弘

1691 馬英九の訪米を受諾か 宮崎正弘

馬英九・台湾次期総統、就任前の訪米をワシントンは受諾の模様。ブッシュ大統領は馬英九当選を歓迎した。馬英九次期台湾総統は、就任前の訪米を希望していると記者会見で述べた(23日)。台湾筋によれば、すぐにヴィザ申請が出された模様で、米国は申請書類...
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1690 木をみて森をみない人 古沢襄

永田メール事件のことを思い出している。2006年の第164回通常国会のことだから記憶に生々しい。事件の概要は報道し尽くされたから詳しくは触れない。その処理に当たった民主党のやり方があまりにも稚拙で、傷を広げてしまった。2006年2月16日の...
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1689 今に続く西山事件 渡部亮次郎

1972(昭和47)年3月27日に「西山事件」が始まった。西山太吉は毎日新聞東京本社政治部の外務省担当キャップ。その前の総理官邸クラブでは衝立を挟んで向かい合わせという身近な存在だった。その後、西山は外務省担当となり、私は衆議院記者クラブを...
宮崎正弘

1688 馬英九の何がまだ危険なのか? 宮崎正弘

彼の「反日」姿勢は是正されたが、中華ナショナリズムは骨の髄まで。日本における馬英九(次期台湾総統)への危険視は急速に薄れた。当選を聞いたとき、多くの日本人は失望を禁じ得なかった。しかし国民党圧勝の現実を前にすれば、好むと好まざるとに関わらず...
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1687 「ショーダウン」の翻訳本 古沢襄

「二〇〇九年八月の局地戦争」を描いた「ショーダウン(対決)」をいち早く日本に紹介したのはワシントン特派員の古森義久氏だったと記憶している。その後も講演会などで、この本をとりあげ、日本人の安全保障意識の覚醒を説いていた。同氏のコラムでもアメリ...
MoMotarou

1686 チベットの悪夢 MoMotarou

Commentedby福島香織さんTo ***さん「自分の不幸も、読者に笑っていただけるなら幸せに感じるこの関西人体質…。」        URL:       ★     ★     ★今回のチベット問題で大活躍されている、産経新聞中国総...
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1685 ベートーヴェンの命日 渡部亮次郎

3月26日は楽聖忌として知られるが、これはベートーヴェンの命日だからである。40過ぎの頃、ボンの生家を訪ねたことがあるが、休日で入館できなかった。以下「ウィキペディア」で「勉強」する。《楽聖》は他にもバッハやモーツァルト、ショパン、エルマン...
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1684 二〇〇九年八月の局地戦争 古沢襄

二年前の朝鮮日報に興味ある記事が出ている。二〇〇六年六月にアメリカで出版された「ショーダウン(対決)」という本の紹介記事。中国と日本が二〇〇九年八月に尖閣諸島の領有権問題と靖国神社参拝問題で衝突し、局地戦争になるが中国が日本を屈服させること...
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1683 戦時中の大本営発表なのか? 古沢襄

北京オリンピックが八月に迫っている。そこで点火される聖火が24日、オリンピック発祥地のギリシャ・オリンピア遺跡で採火されたが、北京五輪組織委員会の劉淇会長のスピーチ中にチベット暴動に対する中国当局の反人権的政策への抗議する男性たちが、テレビ...